西部の街角,にぎわう酒場の壁には,「ピアニストを撃たないでください」の貼り紙があった。バーテンダーの代わりはいるが,ピアニストの代わりはなかなか見当たらない。荒くれどもは大事なお得意様だが,店は抗争の末の銃撃戦の舞台にもなりえる。そして,音楽のなくなった店に酒を飲みに来るやつはいない。だからお願いです,ピアニストは,撃たないでください。
MP3の創案者であるカール・ブランデンブルグ氏らに,ドイツ未来賞が授与され,授賞式が行われた。氏らは,「コンピュータとジュークボックスしか持たない子供たちが,音楽か,なにもなしかの選択を迫られている。こんな状況で,どちらを選ぶだろう?」「インターネット上の楽曲は,著作権保護機能を装備できる。音楽業界が行動に移っていないだけだ」と語った。
…だが,ピアニストがいなくなると,途端になにも音楽がなくなってしまうのは困りものだ。だから,ジュークボックスを置こう。ジェームス・ディーンに憧れる若者たちの歓声と,いつも流れているご機嫌なロックンロール,そして派手なネオンサインがあれば,いつでもそこは世界一の空間だ。踊り,歌い,夜が更けていく。
そして私たちは,レコードに針を下ろす快感に酔いしれた。ウォークマンのスイッチを入れて,自転車で夜の街に駆け出した。音楽は,いつも変化していく。今私たちは,もっと手軽な音楽を欲している。いくらでも好きなだけポップスを放り込んでおける装置,音飛びもテープのゆるみもない手の上のオーケストラ,愛するあの人のもとにIPに乗せて届けるブルース。そこに,MP3があった。コンパクトディスクを撃て。そして,我が手にMP3を。
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